2007年07月16日

理科系人間、文科系人間

 人間を分類するなんて大そうな話ではないですが、世の中には理科系の考え方をする人間と文科系の考え方をする人間がいるような気がします。右脳人間、左脳人間という考え方にも繋がるのかも知れませんが難しい事はあまりわかりません。
 30年近く前ですが大学生の頃の話です。私は静岡県の清水市(現在の静岡市清水区)に住んでいました。当時のJR清水駅は反対側のホームへ出るのに地下道を通る方法と 高架を通る方法がありました。私は
「このどちらを通るかで その人間が『苦あれば楽ありを選ぶか 楽あれば苦ありを選ぶか』 の考え方がわかる」と、言っていました。つまり最初に高架は登り階段で後は下り階段、地下道は最初は下りで楽だけど後は上りで苦しいという意味でした。結構私はこの考えが気に入っていて 友達にも話したりしていたのですが ある時遊びに来ていた友達とその彼女にこの話をすると 彼女の方は
「鈴木さんらしい考え方ですね。」といってくれたのですが 友人は
「俺は地下道を通るよ だって 地下道を通った方が数えたら 階段が2段少なくてすむから、同じ所へ出るならその方が賢いだろ?」と言われました。「えっ?」と思った私に友人の彼女は
「貴方はだから理科系人間なのよ、鈴木さんは文科系の人間なの」と言われ 
「あっ そんな考え方があるんだ。」と知りました。彼女は国立大の文学部にかよう学生でした。
 別のときにこんな事がありました。その彼女が教育実習で小学校へ行ったときの「道徳」の授業でこんな文があり「鈴木さんはどう思う?」ときかれました、内容は正確には覚えていませんが
 「体育の記録会がありました。長距離走の時A君が走り始めましたが 急にお腹が痛くなり走れなくなってしまいました、するとB君が駆け寄り 励まし一緒に走りました。そのまま走っているとA君も段々具合が良くなり ちゃんと走れるようになりました。ゴールが近づいた頃に今度はB君が体調が悪くなり 走れなくなってしまいました。この時にA君はどんな態度を取るべきなのでしょう?」といった内容でした。皆さんならどうしますか?
 その時の私の答えたのは「やっぱり、今度はA君が励まし一緒に走ってあげるのが 美しい姿じゃないのかな。」と言ったような気がします。すると これを横で聞いていた前述の友人が
「それは 絶対におかしい、これは『体育の記録会』なんだろ、記録会はその生徒の今の体力を計るものだからB君が最初に助けたのも、これからA君がB君を助けたとしてもどちらも本来の目的ではない、だからB君はそのままゴールするのが本当だ。」と、言ったのでした、決して彼は冷たい人間ではなく どちらかと言えば人情的な人間なのですが 考え方は 私とかその彼女とは違いましたね。
「だから貴方は理科系人間なのよ。」彼女にまた言われても 彼は考えを変えるような事はありませんでした。
例えば 妥協案的に「ゴールが近いのなら一旦A君はゴールして その後戻ってきてB君を励ましゴールするのはどうだろう。」と考えてはみたものの 小手先だけで根本的な解答ではではない様な気がします。

 私には 小学校に通う息子がいます、今の所こんな文には出会っていませんが もしまだあるなら その時はどんな答えを息子にしようかと考えています。まぁ道徳に正解はないのかもしれませんけどね。
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2007年06月26日

プロポーズ大作戦が終わりましたね。

 昨日が最終回で観た方も多いかと思います。「あぅこんな最終回なんだ。」と感動した方、そうでもなかった方 いろいろだと思います。私は結構好きでした、「もし自分が作者ならここからこうするだろうな」なんて考えながら観ていました、終わり方よりそこまでの最後の20分くらいがとても良かったですね。

 以前このブログで「20数年前に書いた駄文」を書かせていただきましたが、やはり私の終わり方とはだいぶ違いましたね。もし宜しければ私の駄文の感想等も聞かせていただければと思います。
posted by junkejewel at 08:14| 愛知 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月09日

48歳にして「プロポーズ大作戦」にはまってます。

 あまり連続ドラマは見ないほうなのですが、最近は「プロポーズ大作戦」を毎週かかさず見ています。別に長澤まさみさんが好きだとかいう訳ではないのですが いつも楽しみにしています。

以前このブログで20年以上前に書いた私の駄文を紹介させていただきましたが、プロポーズ大作戦はどんなラストシーンなのだろうと今からわくわくしています。

 でもこのドラマは48歳のおっさんの胸もキューンとさせる良いドラマですね。うん月曜が待ちどうしい。
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2007年05月10日

イスラエル人のジョーク、日本人のジョーク

 日本人と外国人では笑いのポイントが違うというのか 中々笑えないものが多かったですし、逆にこちらが日本人なら爆笑なのにと思ってしゃべってもあまり受けないのも多かったですね。別にコメディアンではないので多少すべろうが関係はなかったのですがコミュニケーションのためには笑いは必要ですよね。
 そんな中でイスラエル人に教えてもらったジョークをひとつ。注意:そのとき彼も私も飛行機勉強をしていました。
 イラクの空軍機がアメリカに亡命して来ました。なんとか追っ手を振り切りやっとの思いでアメリカにたどり着くことができたのですが 着陸すべき空港の情報がほとんどなく困っていましたが燃料も底をつき小さな空港に着陸することにしました。
ミスターパイロット ここはローカル空港で滑走路が短いようです、ショートフィールド ランディングでいきましょう。」助手が パイロットにいいました。
「わかったそれじゃあ 俺の今までで最高の ショートフィールド ランディングをみせてやる。」
そして二人を乗せた飛行機は空港への着陸をこころみました。
「やったぁ!成功だ!しかしなんて空港だ 本当に 本当に 本当に短い滑走路だ。イラクでもこんな空港は見たことないぞ。」それをきいて 助手がいいました。
「ミスターパイロット 本当ですね。本当に本当に短い滑走路ですね、でもミスターパイロットこの滑走路はものすごく、ものすごく、ものすごく幅が広いですよ。」
面白くないですか?もちろん英語できいたジョークでしたから日本語にすると違和感が少しありますが、アメリカで聞いた時は面白く感じたんですよ。それでは私がアメリカで話していたジョークを。
 私はお酒をよく飲むもので友達からもよく心配されました。
「鈴木 お前は酒を飲みすぎるよ そんなに飲むと体に悪いからやめたほうがいいぞ。」
そう言われるといつもこう答えていました。
「酒は体に良いんだぞ!俺なんかビールをいっきに二杯ぐらい飲むと 手のふるえがピタッと止まるんだ。」
ん〜んいまいちかなぁ〜。じゃあこれはどうでしょう。
「鈴木は独身だけど 今まで結婚しようと思った事はなかったのか?」
「あったさ!すごくかわいい子で髪は長くてとてもセクシーな素敵な子だったんだよ。でも俺たちの結婚をどうしても反対して認めない奴が一人いたんだ。」
「彼女のお父さんかい?男親ってのはそんなもんだよ。」
「いや違うお父さんも お母さんも大賛成さ、それに弟も大賛成してくれてたさ。」
「じゃぁ 親戚かなんかか?そんなの無視すればよかったじゃないか。」
「違うよ みんな良い人たちで大賛成さ。」
「じゃぁいったい誰がそんなに反対して認めなかったんだい?」
「彼女自身だよ。」
ん〜ん、バナナマン 日村の「絶対にすべる話」に参加できそうかなぁ〜。
タグ:ジョーク
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2007年04月21日

漫画に教えられる事

 昔から漫画が大好きで 多い時は単行本だけで1000冊くらいはあったかと思います。でも今は あまり読まなくなってしまいましたね。そのせいか最近は 文章能力や 感受性が弱くなってきてしまったようです(単に歳のせいかもしれませんが)。
 家には8歳の男の子がいるのですが 夕食時にNHK教育テレビの「おじゃる丸」というのを見ています。私はそんなに真剣に見ているわけではなくただつけているという感覚です、勿論 息子は箸を止めて見ていたりしますので私はよく怒ります。
 そんなある日 その「おじゃる丸」の中でこんな問題が出されました。
「世界中で『上り坂』と『下り坂』はどちらが多い?」というものです。
馬鹿な私は 昔住んでいた坂の多い街を思い出しながら「え〜と あそこは 上りの方が多かったようなきがするなぁ〜」とか 考えていました。
 皆さんは私と違って直ぐに答えがわかったんじゃないですか?
答えは「同じ」なんですよね。
 どんな「上り坂」も上りきって後ろを見れば「下り坂」だしどんなに急な「下り坂」でも振りかえるとそこには名前を変えた「上り坂」があるんですよね。
 子供番組を見ながら 「そうだよなぁ〜」と そこに人生哲学を感じてしまったのは私くらいなのでしょうかね?
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2007年04月19日

アメリカでの想い出

 アメリカにはたぶん船乗り時分に 20回以上は行っていると思います。その頃はまさか1年以上住むなんて思ってもみませんでした。船乗り時分はアメリカについたら「ポパイ」のスパイシーフライドチキンを食べるのが楽しみでしたね。一度ボストンに入港する前にエージェントに「ポパイのスパイシーフライドチキン100ピース」と注文して 驚かれた事がありました(勿論一人で食べるのではありません)。日本人の乗組員にもすごく評判がよかったのですがどうして 日本ではフランチャイズしないのでしょうかね?私にお金があったら絶対やるのに だれかお金出してくれませんかねぇ〜。
 アメリカで飛行機の免許を取っていた私は とりあえず 事業用 単発 多発 計器飛行までのライセンスを取り飛行機の教官の試験を受ける前に「農薬散布」の訓練を受けようと コロラド州のWray(レイ)というところで訓練をしていました。本当に何も無い所で一番近いフランチャイズのチェーン店でも片道100キロ以上ありました。勿論町の小さなお店はありましたので 特に不自由というわけではありませんでした。
ある日飛行訓練中に 校長のデーブが「鈴木 そろそろお昼だけど お腹すかないか?」と聞くので
「そうだねすいたね。」
「ほら、この下にジョーの店があるんだ。」
二人ニコッと笑い 意見はまとまりました。
近くの道路を2回ほど旋回し 車が来ないのを確認し道路に着陸し、そのままタクシー(飛行機で飛ばずにエンジンを使って陸地を移動することをいいます、車のタクシーではありません。)でそのジョーの店の駐車場にセスナをとめました。
店の中に入っていくとジョーが
「俺もここで30何年店をやっているけど セスナでハンバーガーを食べに来たのはお前たちが初めてだよ。」
と 笑っていました。
日本では考えられない のどかなアメリカでの想い出です。飛行機
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2007年04月16日

今は便利ですよね。

 今の車は GPSのついた車が多くて便利ですよね。誤差も数メートルと正確ですし、なにしろ安くなりましたもんね。
 私が船乗りになった頃はまだ 六分儀(ろくぶんぎ、ろっぷんぎ:太陽や星などの高度を測るもの、他にも使いかたはあります。)で天測というものを行って船の位置を決定していました。三等航海士になりたての頃はちゃんとした位置が出ずよく怒られたものでした。
 ところで地図上で位置を表すときに「北緯何度何分、東経何度何分」などと言い表しますがこの内東経というのは経度つまり東西方向の位置を表すものです、ちなみに日本の明石を通る経度線が東経135度の線で 太陽が24時間で地球の周りを360度、一周する(航海学では天動説的な考えをします。)ので一時間に15度移動する、だから135÷15=9(時間)つまり世界標準時のグリニッヂに9時間足したものが日本の標準時となっています。
 緯度は英語でlatitude,と言いますが実は 本々はaltitude=高度と言っていたんですね。それははるか昔に ヨーロッパのある人が
「星は毎日、毎時間、毎秒と位置を変えていくけど一つだけいつも同じ位置にいる星があるなぁ〜しかも そいつは真北の方向にある。面白いことにそいつに向かって歩いて行くと だんだん高くなるし、逆に遠ざかると低くなる。」と
いうことに気づいたのですね、もうお分かりですねその星は「北極星」です。北極星の高度を北緯35度の位置で測るとほぼ35度、北緯45度30分の位置で測るとほぼ45度30分だから 「緯度」は本々は「高度」だったんですね。
 まぁ〜どちらにしろ 星なんていうのはかわいい女性の肩でも抱きながら眺めるのが最高で、それを見て「自分の位置は今どこだ。」なんて考えるのは野暮ですよね。かわいい女性の肩でも抱いていたら全てを見失っていたいもんです。あ〜久しくそんな事してないなぁ〜
タグ:ナヴィ ナビ
posted by junkejewel at 19:43| 愛知 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 航海 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月14日

船乗りになりたい。

 以前 船乗りになった理由を書かせていただきましたが それを決定付けた「船乗りになりたい」という 私のつくった歌の歌詞を書かせていただきます。

 

船乗りになりたい

僕が船乗りになりたいって言ったら 君は笑うかな?

「そんな太っちょな 船乗りなんて 船が沈むわよ。」なんてさ

 

マドロスパイプに 憧れてるんだと言ったら 君は笑うかな?

子供みたいな あなたには ハッカパイプがお似合いよ。」なんてさ

 

ポパイのようになりたいんだと言ったら 君は笑うかな?

「いつも意地悪な あなたには ブルートの方がお似合いよ。」なんてさ

 

広い海と大きな波と 潮の香りが好きだから

一度の命海に浮かべて 水平線の船の上で

思い切り君の名前を叫びたいんだって言ったら

また いつものように 笑うんだろうね 君

 

広い海と大きな波と 潮の香りが好きだから

一度の命海に浮かべて 水平線の船の上で

思い切り君の歌を歌いたいんだって言ったら

また いつものように 笑うんだろうね 君 

 この歌は 歌詞は中学3年生、曲は高校一年生の時に作りました、もう33年も前のことですね。この歌をつくってなかったら 船乗りになっていなかったかも知れないと思います。皆さんにとっては稚拙な歌でしょうが私には確かに人生を変えた一曲でした。
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2007年04月11日

20年ほど前に書いた駄文を思い出しながら。

 船乗りをしていた頃 暇にまかせて考えた駄文を思い出しながら書いてみます。原文は当時使っていたソニーのワープロの2インチディスクに入っているもので今となっては取り出すことができません。思い出しながら書いてみます。
 


 一度死んだ男が昔の記憶を持ったままもう一度人生をやり直すというよくある話です。


「68才かぁ〜 平均寿命までは生きられなかったなぁ~」私が遠のく意識の中でそんなことをふと考えていると誰か耳元で私に 声をかける人がいました。
「正夫よ、お前は神に選ばれし者じゃ。」
声の方を見てみるとそこには 白い髭をたくわえ杖をもった 仙人のような人が立っていた。
「正夫よ、お前は神に選ばれし者じゃ、お前が望むなら もう一度好きな時、好きな場所から 人生をやり直させてやろう、しかも今の記憶を消したりはしないぞ。」
 この人が「神様」なのか「仙人」なのかそんな事はどうでもよかった、私は自分の人生の中で一つ そしてもっとも悔やんでいることがあった。
 それは、中学の頃から大学まで7年間付き合った「香緒里」のことだった。
子供だった私に香緒里はいつもけなげにつくしてくれたのに私は彼女に何もしてやれなかった 何度も泣かせて何度も苦しめた、そして最後に「ありがとう」の言葉を一度もかけることなく別れてしまった。そう、私は もう一度「香緒里」との時間に返してもらうことにした。
 二度目の私は一度目に彼女にしてあげられなかったことを全てした、彼女が一度目のように泣くことも、苦しめることもないように努力をした。大学も一度目は別々のだったが今度は一緒の大学へも入学した。
その成果なのだろうか、私たちは一度目には迎えれなかった8年目、9年目を一緒に過ごす様になってその後には結婚をした。


 「私」は幸せだった、仕事も一度経験した世の中の事だから儲けようと思えばいくらでも儲けられたのだが、私はそれより彼女と過ごす時間を大切にした。だが時を重ね「私」が幸せを感じれば感じるほど 心に重くのしかかるものがあった。
 それは、「私」にとってこんなに幸せな日々は彼女にとっては 本当の人生ではないこと、私は彼女が別れた後どんな人生を送ったのかまるで知らないし、ひょっとしたら今よりもっと幸せな人生を送っていたのかもしれない、それを私は奪ってしまったのかもしれない事だった。私はまた努力した、彼女をもっと幸せに出来るようにそして心から彼女を愛し続けた、でも心の重荷はなくなることはなかった。
 そして月日は流れ私にとって二度目の 人生最後の日がおとずれた。
私は残された時間で香緒里に告白した、私は一度死んでその時神様が現れて・・・・、この人生は本当は香緒里の人生じゃなかった事、それをずーと隠していた事、全てを話した。
 全てを話した安堵感からか意識がだんだん遠のいていくのがわかった。


その時 香緒里が私の手を握りしめながら 目には涙を浮かべてはいるものの微笑みながら こう囁いた
「正夫さん ごめんなさい、本当は私も正夫さんに黙っていたことがあるの・・・・・・・・実はね『神様』に選ばれたのは正夫さんだけじゃなかったの。」
 
以上 20年ほど前に書いた駄文にお付き合いくださいましてありがとうございました。
 

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posted by junkejewel at 02:12| 愛知 霧| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月07日

先輩の想い出

 先日漁船は八のつく番号を縁起かつぎでよくつけるというお話をかかせていただきましたが それで思い出した話をかかせていただきます。
 私が大学生のときちょうど練習船で航海実習をしている頃 冬のベーリング海で「第二十八あけぼの丸」が操業中に転覆という海難事故がありました、乗組員33名中8名死亡、24名行方不明、生存者1名という悲しい事故でした。
 実はそのたった一人の生存者の方が私の大学の先輩で「黒田さん」という方でした。練習船にのっていると古手の乗組員の人、教官の皆さんに「お前はその黒田という先輩に良く似ている、しかも寒がりなところまでそっくりだなぁ〜」とよくいわれました。聞いたところでは黒田さんは大変な寒がりで事故当時もたくさん服を着込んだ上に合羽を何枚か重ねて着てしかも 寒いから手首や足首の所をヒモか何かで縛って仕事をされていたそうです。しかしそれが幸いして冬のベーリング海に投げ出された中でただ一人生き残ることができたのではないかとゆうことでした。「もう船はお乗りにならないでしょうね?」と教官にきいてみると「いや、本人はこれから海難審判や 他の乗組員の方のお墓参りがあるからすぐには無理だけど また船に乗りたいといっているらしいぞ。」と聞き 自分がその立場だったら怖くてもう船には乗れないんじゃないかと その頃の私は思いました。
 月日は流れて私は船乗りを10年ほどやった後アメリカ飛行機の免許を取ったりしていました、1年ほどテキサス州に住んだ後 コロラドに1ヶ月、カリフォルニアのロスアンゼルスに2ヶ月ほど住んでいました。ロスアンゼルスに住んでいたときに知人から「君のいた会社の自動車運搬船が入ってくるよ。」といわれ久しぶりに覗いて見ることにしました。懐かしい顔が何人もいて話も盛り上がっていた時に「そういえば今の本船のサード オフィサー(三等航海士)は君の先輩になるんじゃないか?」といわれ「お名前は何とおっしゃるのですか?」ときくと「黒田さんですよ。」「あの『あけぼの丸』の黒田さんですか?」「そうだよ。」
 「本当に又船にお乗りになったんだ。」私は心の中でつぶやきました。しばらくすると食事のために黒田さんがサロンの方にお見えになったので挨拶と少しの会話をさせて頂きました。確かに大学時分に「似ている」と言われたのが分かるような気がする方でした。しばらくすると黒田さんは又仕事にもどられましたので 私も帰ることにしました。
 季節は初夏のカリフォルニアで気温も35度は越えていたように思いましたが何か心はさわやかな気分になったのを今でも覚えています。
 帰り道車を運転しながらエアコンを調節していたときにふと思ったのは、「そういえばここで 35度くらいあるということは荷役中の船倉の中は場所によっては40度近くあるんだよなぁ〜 車の排気ガスも臭いし余計暑くおもえるんだよなぁ〜」等と考えながら今日会った懐かしい顔を思い出してふと気づいたのは
「乗組員も 人夫も 私も 皆半袖の作業着かシャツだったのに そういえば黒田さんだけ長袖の作業着を着ていた。」と、いうことでした 心にまたふわっと風の吹きぬけたアメリカでの想い出でした。
 
posted by junkejewel at 19:01| 愛知 霧| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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